安全な車 ボルボから軽自動車へ

ボルボから軽自動車へ

 昔スエーデンのボルボは安全な車の代名詞であった。世界で初めてシートベルトを装置した。またスエーデン鋼の強度も有名であった。世界一安全な車として世界中にその愛好者がいた。20世紀後半のアメリカ映画では登場人物をボルボに乗せることで少しインテリの役柄を強調した。

 昔私もボルボを三世代5回乗り換えた記憶がある。最初に買ったのは「アマゾン」と言われた戦車みたいな頑丈な車であった。その時のボルボを選んだ一番の理由は「頑丈で安全」であった。しかし最後はその電気系統の弱さに根をあげて日本車に切り替えた。

 最近まで自動車の安全といえば「ドライバーの安全」であった。しかし今は車の安全といえば「歩行者の安全」である。力点が変わった。

 この4、5年高齢者の操作ミスの記事が増えた。ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み違えた、シフトを前進とバックと間違えたのが一番多く、人身事故に繋がったケースが多い。

 今ドライバーが一番心配しているのは自分が加害者になる人身事故である。人を感知すれば即停車するセンサーを装備した車を求めている。極論を言えば人体より弱い車が理想的である。最近、前のバンバーのエアーバックを装置した車が発売された。これも歩行者を守る考え方をコンセプトにした時代の流れを読み取ったものであろう。

 私も80歳になり運転免許を返還しなければならない歳になった。しかし60年車生活していると、車のない生活に踏み切るには非常な決心がいる。せめてオリンピックの年まで運転をしたい。この願いを叶えてくれるのは、今各メーカーがしのぎを削って開発競争をしている自動運転への技術である。

 今の車は、人を感知すれば停車する、誤発進をしない、車線をはみ出せば警告ブザーがなる、先行車との距離を保ちながら自動走行するが、人を感知して急停止する技術は自分で試すことができない。メーカーの説明を信用するしかない。

 今私の望む車は頑丈な車より潰れやすい軽自動車、そして誤操作を防ぐ装置がついており、人を感知し自動停車できる車である。「ドライバーの安全より歩行者の安全」を重視した車で2020年まで運転したい。

 

風立ちぬ 神風特攻隊

宮崎駿の「風立ちぬ」を封切り初日に観た。宮崎駿の長編アニメは「風の谷のナウシカ」から数えて11作目であると云う。ところが私は宮崎駿のまんが映画を見るのは初めてである。夏休みの公開ということもあって子供向けのアニメ映画だと決めてかかっていたが。

 この夏NHKで「零戦」の話が続いた。また、百田尚樹の「永遠の0」を読んで、あらためて日本の零戦の素晴らしさを再認識した。小学校1年の時、画用紙いっぱいに繰り返し、繰り返し「零戦」をクレヨンで描いたことも、潜在意識として映画を観るきっかけになったのだろう。

 第二次世界大戦の記憶の中で「零戦」は輝き、そして神風特攻隊の悲しき思い出となっていった。昭和14年9月13日が零戦の初舞台であった。漢口から重慶への爆撃機の護衛で敵戦闘機27機を殲滅した。その時の隊員三上一禧はNHKの番組で「先に光を見出したような気がした」と述べている。

 天才堀越二郎が設計した零戦真珠湾攻撃の主役となり、そして敗戦の色が濃くなった時に「神風特攻隊」としてその歴史を終えた。特攻機は2700余人の若き兵士とともに太平洋の藻屑となった。

 歴史に残る名機「零戦」が何故その悲しき末路を迎えたのか。インターネットで「零戦」「特攻」「陸海軍の中将」で検索して意外な事実を知った。そこに当時の日本の指導者のおごりと無能を感じる。

 特攻隊の産みの親となった二人の中将がいる。海軍の大西瀧治郎と陸軍の富永恭次である。海軍の大西瀧治郎中将は終戦の時「多くの若者を死なせた全責任をとり割腹自殺」をしている。それに反して陸軍の富永恭次中将は、フィリピン決戦の時、若き零戦搭乗員に「諸君はすでに神である。君等だけを行かせはしない。最後の一戦で本官も特攻する」と訓示を垂れ基地にいた400人全員を戦死させた。その後フイリッピン陥落後、彼は台湾に逃れ、最後はシベリアソ連軍の捕虜となり昭和30年復員船「興安丸」で舞鶴に帰ってきている。

 海軍の大西中将は昔の武士道を守った。しかし、陸軍の富永中将に2.21事件から集団ヒステリー状態に陥った日本の指導者の典型的な姿をみる。集団社会を営むときに突然変異のガンのような人物がうまれ、組織を破滅に導くことの恐ろしさを知るべきであろう。

 「堀越二郎」、「宮崎駿」と「零戦」から悲しい神風特攻隊と裏切り者の存在を知り、このことが風化しないようにここに書く。(2013.10の世相雑感)

 

 

298円の値札

 スーパーに買い物に行くと、298円とか399円との値札をよく見かける。この値決めは298円と値札をつければ、消費者は200円台で安いと感じる。この心理をついて、実際は300円の品を売るテクニックだと思い込んでいた。

 日経新聞の戦略思考トーレーニングの「問題」で、「アメリカでなぜ3ドルの商品の値札が2ドル99セントとなっているか」の設問に対しての答えを見て「目から鱗」の感があったので回答の要約を紹介したい。

 19世紀末アメリカでレジが発明された。お店のオーナーは1日中お店にいなくても自動的にその日の売り上げがいくらかがわかるようになった。レジの発明をきっかけに、お店を店員に任せるオーナーが増えた。ところが、レジには一つだけ弱点がある。店員が売り上げをレジに打ち込まずにポケットに入れてしまってもお店にはそれを把握できない。そこで商品の価格を3ドルではなく2ドル99セントにする方法が考えられた。この値づけなら1セントおつりが必要になる。おつりを渡すためにレジを開ける必要があるので、店員が自分で売り上げをポケットに入れるのが少しだけど難しくなった。これが真相であるという。

 中国へ進出した日本の化粧品メーカーが思わぬ万引きの増加に困った話。慢性的な万引きに悩んだ経営者が、「万引きが減少したら報奨金を出す」と説明したところ、かえって万引きが増加した。万引きという行為が従業員の共通の認識になったことで、従業員全員が万引きされた商品がネットのオークションで高値で売買されていることを知った。その結果、従業員と万引きが結託して、万引きを見逃す代わりにリベートをもらう枠組みができた結果であるという。

 従業員の不正は万国共通の問題ではあるが、世界の超大国アメリカと中国のケースは、アメリカのコソ泥と中国の組織犯罪との違いはあるが、どちらも我々日本人の道徳観を超えたところにある。

 スーパーの値札の付け方からその起源を知ることができ、その延長線で中国の人民の思考形態まで考えることができた。これもやはりネット検索のお陰である。

豆柴犬89万円

豆柴犬89万円

 最近は小型犬ブームだという。心斎橋筋を丼池へ向かう途中に煌々と照明された小型犬専門のペットショップがある。週日の昼下がりにも拘らず結構客が多い。

 私はショーケースに入った犬や猫を見るのは好きでない。一匹一匹小さなゲージに入れられ、中にはぬいぐるみが転がっているだけである。水も置いてないケースもある。人が近づくとガラスケースに飛びついている子や、ふてくされて寝ている子。動物虐待の極みである。とにもかくにも1日も早く飼い主が決まることを願うが、その小型犬につけられた値札に驚いた。

 豆柴犬650,000円、ポメラニアン600,000円、ミックス(トイプードルxポメラニアン)500,000円とある。豆柴犬の場合ワクチン代、ペット保険等々の費用を入れると約90万円になる。ベーシックな軽自動車と同じ値段である。後期高齢者年金生活者の私にはその購買層が想像できない。

  私の世代では犬を飼う目的は番犬であった。雑種の日本犬が多かった。高度成長期にはシェパード、そしてラブラトール、シベリアンハスキー犬と大型犬が主流であったが、今は小型犬ブームである。

 小型犬ブームの背景を考えると、都会生活者の大半がマンション暮らしである。管理規定が厳しくて大型犬は飼えない。

今ひとつ考えられるのが共稼ぎで子供がいない家庭が増えた。少し古い統計だが2010年の国勢調査で12歳以下の子供の人口は1450万人、ペットの数は2150万匹であったという。この傾向は今も同じであると思う。

 この世相を反映してスーパーやホームセンターのベビー用品の棚が縮小し、ペット用品売り場の面積が年々ひろがってきた。しかし最近そのペット用品売り場にも異変が起こりつつある。小型犬は食べる量も大型犬に比べて少ない。その結果ドッグフードの棚が減って種類も少なくなり、犬や猫を売るコーナーが広がってきた。ドッグフードの業界は今その対策に追われているようだ。

 派遣社員が労働者の40%を占め、年収200万円以下の低所得者が増える時代に愛玩犬に50万円も100万円を使えるのはどの階層か。ここにも所得格差の影を見る。

2017.9.20安倍仲麿

2017.9.20安倍仲麿

 甥に孫が生まれたと報告を受けた。命名を京都の「晴明神社」にお願いしたと言う。命名をお願いすると候補を5つあげてくださりその中から選ぶ。なんとはなく厳かな感じを受けるのはやはり安倍晴明のご威光か。

 大阪にも「阿倍王子神社」の北50メートルに「安倍晴明神社」がある。聞くと安倍晴明の誕生の地との伝承もある。また、安倍晴明のお母さんは白ギツネとも言われ、その地に葛葉稲荷がある。落語の「信太の狐」の話はこのことを踏まえてつくられたのかもしれない。

 安倍晴明のご先祖には安倍仲麿がおられる。安倍仲麿の「あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも」(古今和歌集)は百人一首の中でも人気で、子どもの頃「ごまめ」の子供に優先権がある歌(札)であった。

 江戸川柳に「日本で九十九人は死んだなり」がある。初めて聞いた時なんのことかわからなかったが詳しく聞くと、百人一首歌人の中で安倍仲麿だけが唐の国で死んだことを江戸の人が川柳にしたという。仲麿がいかに日本人の心の琴線に触れる人かがわかる。

 安倍仲麿は第9次遣唐使(717)で留学生として唐に渡った。同じ船には「玄昉」や「吉備真備」がいる。留学生は20年後の次の遣唐使船が来るまで唐とどまり、唐の文化を吸収し日本に持ち帰る使命がある。その中で仲麿は中国の科挙の試験に合格し、玄宗皇帝の秘書官になり寵愛を受けた。何度も日本への帰国を申し出るが許されない。

 仲麿が玄宗皇帝、楊貴妃安禄山そして王維、杜甫と同じ空気を吸ったと思うだけでもロマンを感じる。仲麿も36年ぶりに帰国を許される。その時、当代の有名人王維らの居並ぶ席で詠んだのが「あまのはらふりさけ見れば」である。しかしその帰国の船が難破して今のベトナムまで流され人食い人種に追われながら唐の都長安までたどり着いた。

 同時代で我々のよく知っている人物に鑑真がいる。仲麿が帰る予定であった第10次遣唐船が帰国する時、65歳の鑑真も乗っている。遭難し奄美大島し流れ着きやっと平城京にたどり着き聖武上皇孝謙天皇ら四百四十人に授戒を授けた。

 安倍仲麿は日本の歴史と唐の歴史の中でその人生を全うした人である。巷の説にいまの安倍晋三首相は仲麿の末裔という話もあるが。ちょっと無理があるかな。

2017.8.20 劉暁波と周恩来

 中国初めてのノーベル賞受賞者劉暁波氏がなくなり、その遺骨が「散骨」されたと中国政府が発表した。世界のメディアが、なぜ「散骨」されたのかと色々と憶測をしているが、墓を作って埋葬すれば、その墓が「反政府活動の聖地」になることを恐れたというのが一般的な見方である。

 文化大革命以後中国で散骨された、政治家を調べるとまず周恩来、鄧小平と胡錦濤がいる。周恩来が散骨した事情を調べると、意外なことがわかった。文化大革命の時、毛沢東体制でナンバーツーの地位にいた周恩来が、自ら自分の先祖の墓を暴いて文化大革命推進の暴徒に忠誠を誓って生き延びたと言われている。

 両者の散骨は正反対の考え方がある。劉暁波氏の場合は共産党政権が反政府運動の拠点になることを恐れて遺族に「散骨」を強要した。周恩来は死後に墓を暴かれることを恐れて自ら散骨を望んだ。中国の恐ろしい文化を感じる。鄧小平、胡錦濤はどちらだろうか。鄧小平は案外日本人が散骨するのと同じく彼独特の美意識を持っていたのかもしれない。

 日本人で戦後散骨した有名人を調べた。沢村貞子石原裕次郎横山やすし立川談志などがいるようだ。理由は石原裕次郎は海が好きだったからだとわかるが、他の人の理由は私にはわからない。

 京都大学名誉教授加藤尚武氏が産経新聞に「死についての思想を考える」を書いていた。哲学の世界では死は「来世」を信じるのと、単なる物体だと考える「集散論」の二つのイメージがあるという。私は生物界全て肉体が滅びれば土に帰ると思っている。「集散論」である。それが合理的であると思っている。しかしこれは少数派かもしれない。

 来世の極楽をこの世に再現しようと藤原頼道が作った宇治の平等院をみると、平安時代の昔から「来世」を信じ「極楽浄土」を求めるのが普通であろう。しかし今何人の人が「極楽浄土」を信じているのだろうか。

 劉暁波氏の散骨から「来世」と「集散論」に行き着き、そして中国文化のすざましさを考えた。高野山に信長と明智光秀そして秀吉、家康のお墓を作る日本人の心の大らかさを改めて感じる出来事である。

2017.8.5ノーネクタイ

2017.8.5ノーネクタイ 

 真夏になるとサラリーマン諸氏はノーネクタイで仕事ができる。小池百合子東京都知事に感謝しなければならない。小泉内閣時代、環境庁長官の小池女史が「クールビズ」を提案し推進してくれなかったら、猛暑の中扇子片手にハンカチで額を拭きながらネクタイを締め働いていると思う。ただしネクタイ屋さんはさぞかし小池氏を恨んでいることだろう。

ノーネクタイは今やファッションの一つとして世界中にひろがった。世界の首脳陣が集まる場所でも写真撮影にノーネクタイの人がいる。

 日本の政治家も閣僚会議の後の写真撮影で、安倍総理はじめ各閣僚がノーネクタイで臨んでいる姿を新聞紙上やテレビ報道でみる時が多い。特に菅官房長官のネクタイ姿は見たことがないように思う。

 一方アメリカのトランプ大統領のノーネクタイ姿を想像することはできない。大統領のイメージは赤いネクタイ紺色のスーツである。一昔前のアメリカのエリートの姿である。大統領がパリ協定離脱に署名したのも、世界中の地球温暖化に対する願いに逆行する姿勢が、その「赤色のネクタイと紺色のスーツ」に象徴されているように思われる。中国の習近平国家主席のノーネクタイ姿もTVで見たことがない。旧守派と革新派と分類することはできないが。

  世界のトップのIT企業のCEOはノーネクタイを通り越して、ジーンズとTシャスでプレゼンテーションをしている。しかも丸刈りである。アップルの新製品の発表会をネクタイ姿でする場面は、今や想像もできない。なぜかIT企業にはジーンズとTシャツがよく似合う。不思議ではある。ホリエモンこと堀江貴文もいつもTシャツだ。

 日本から始まったクールビズが「ノーネクタイ」のファッションになって世界に広がったのかどうかは、寡聞してわからないが、夏を涼しく過ごせるのはありがたい。