ホモ・サピエンス

 人類の先祖が生まれたのは200万年前である。現代人の先祖サピエンスがネアンデルタール人をしのぎ、その支配を確立したのは5万年前と言われる。北アフリカに住んでいたサピエンスが欧州に勢力を持っていたネアンデルタール人に競り勝った。

 ネアンデルタール人はサピエンス人よりも体格も優れ、脳の容量も多かったのに、なぜ滅びたのであろうか。その理由を昨年ベストセーラーになったユヴァル・ルノア・ハラリ著「サピエンス全史」を読み納得することがあったので、紹介したい。

 そのキーワードは「噂話」である。ライオンも猿もミツバチも餌のありかや危険を知らせる能力は持っている。もちろんネアンデルタール人も然りである。ハラリ氏はサピエンスが「噂話」をする能力を持ったことで地球上の生物体系の頂点に立てたと分析されている。

 人間がお互いに理解し合えるのは15人が限度である。それ以上の人が社会を作り団結をするには、「ライオンがいる危険!あそこに餌がある!」だけの会話では無理である。そこに例えば「彼と彼女はできている」「誰がズルをしている」などの噂話ができる能力を持って、初めて新しい思考と意思疎通の方法を獲得できた。これを「認知革命」というと書かれている。

 これによってサピエンスは例えば宗教や資本主義などの「虚構」を構築することができた。この「虚構」が「15人の限界」を超えて、人々を一つにまとめることができ今の文明を作っていると分析されている。

 われわれ日本人の最大の「虚構」は天皇制である。日本人の心の原点には天皇制がある。その証拠に太平洋戦争敗戦の時、昭和天皇の「詔」で日本国民は武器を置いた。なんの抵抗もなく降伏した日本人にアメリカ人がびっくりした。当初、天皇戦犯説があったが、マッカーサーはその日本人の精神構造の奥底に「天皇制」があることを知り、天皇と一緒に写真を撮り新聞に載せることで、日本人の心を掴み占領政策の安定化に使った。

 大化の改新天皇制が確立して以来、平安時代 鎌倉時代 室町時代 江戸時代そして明治維新以後一貫して「日本の国体」を守ってきた「天皇」は5月践祚される。日本人の原点である天皇制は不変である。弥栄 弥栄。

万引きとひったくり

 大阪が「住みやすい街」世界第3位になった記事は書いた。その延長線でいろんなランキングを調べた。そして「警察庁犯罪統計資料」に、大阪は殺人日本一位、ひったくり日本一位、スリ日本二位、そしてびっくりしたのか「万引き」が日本第四七位である。この落差は何だろうか。

 「万引き」も「ひったくり」はともに窃盗罪である。その両者が一位と四十七位の両極端に位置するには何か理由があるはずである。大阪人の精神状況や大阪人の行動パターンに答えを求めても、納得できる答えは見つからない。いろんな人に聞いて回った。ほとんどの人はわからないという。質問する方も質問される方も戸惑いしか残らない。

 ランキング表に答えが見つけられるかもしれないと、もう一度調べた。万引き第一位は香川、二位東京、三位兵庫、四位京都、五位岡山である。東京以外は全て関西圏にある。その関西圏のど真ん中の大阪が四十七位である。関西圏にあってなぜ大阪だけが最下位なのか。悩みが増えるばかりである。

しかし、色々と考えた結果やはり大阪人のものの考え方に答がありそうだ。特に官憲に対する不信感が根底にあるようだ。

 江戸時代、大坂は天領であり役人が非常に少なかったので、町方衆が町の治安の維持を担っていた。その自負があり役人に対する接し方が他の都市とは少し違うようだ。

 今一つは商売の街ならでの合理的なものの考え方がある。大阪も万引きは他の都市と同じく多いと思うが、万引きを見つけた店側が警察に通報しないので検挙率が少ないのではないだろうか。その結果、日本一万引きの少ない都市にランクされたのだろう。 おそらく、万引きを見つけも事務所に連れて行き、諭して帰らせるケースが多いのではないか。そこには商売人大阪の打算もあるかもしれない。警察に通報して事情聴取など時間を取られては商売に差し障りが出ると考えるのかもしれない。

 大阪人は官憲をあまり信用していない。殺人もひったくりも全国一である。しかし逆説的にみれば、「殺人日本一」「ひったくり日本一」は大阪府警の捜査能力の高さを示しているのかもしれない。

おかげで大阪は住みやすい町、世界第三位である。

 

 

 

 

 

夢をみる

 

 昔から眠りが浅いのかよく夢をみる。しかもその夢を朝目が覚めてからもはっきり思い出す。いろいろな場面、いろいろな登場人物、いろいろな時代の夢をみる。楽しみである。二つ月前には昭和天皇と食事した。昔であれば「不敬罪」で逮捕投獄されていただろう。近々ではゲーテがケーキを届けてくれた。

 最近ナショナルジオグラフィックに「睡眠」についての特集記事があった。その中に睡眠には5段階あり、一番浅い睡眠を「レム睡眠」というと書かれていた。人間はこの「レム睡眠」の時に夢をみるらしい。

 今まで「レム睡眠」は質の悪い睡眠だと思われていた。ところが研究が進んで「レム睡眠」の新しい役割がわかってきた。1953年シカゴ大学のアリンスキー教授らが睡眠中の目の激しい運動と性器が充血することから、夢はこのレム睡眠の時にみていることを発見した。当時の睡眠科学の常識が覆された画期的な発見であった。

 最近研究が進んで、記事によると「ノンレム睡眠からレム睡眠に入る一連のサイクルは、心身の回復に最適な状態を作っている。細胞のレベルで見ると、レム睡眠時にタンパク質の合成がピークに達して、体が正常に機能するようになっている。レム睡眠は気分の調節と記憶の統合にも不可欠だということがわかった」。

 「レム睡眠についての最も驚くべき発見は、感情情報が断ち切られても、脳が自律的に働くことがわかった。見方によっては、レム睡眠は人間が最も知的で、洞察力に富み、創造的で自由になれる時間ともいえる。それはまさしく生の実感溢れた時間だ。レム睡眠は私たちを最も人間らしくするものかもしれません」とペンシルベニア大学のパーリス教授らがいう。

 昔から「夢にうなされる」「悪夢」「夢うつつ」「夢のまた夢」「夢まぼろし」との言葉があるように、夢にはマイナスのイメージがあるが、新しい発見のおかげで夢を楽しめる。家人に笑われても朝の食卓で昨晩見た夢を堂々と報告できる。毎晩楽しい夢をみる私は幸せである。

 夢をみたので「睡眠不足だ」いわず、夢を積極的に楽しむために今晩も床に入る。

 

 

こよみ

 11月に入って山々の紅葉も色づき、すこし秋らしい気配を感じる。しかし関西地方、特に京都の紅葉の最盛期は今月末まで待たねばならない。写真撮影には紅葉は絶好の被写体である。写真が趣味の私は特に季節の移り変わりに敏感になっている。

 旧暦では二十四節季の「立秋」は今の八月七日ごろ。真夏の最盛期である。十一月七日が「立冬」であることと考え合わせると、今の日本の季節感とは旧暦は2ヶ月程ずれているように思う。

 5年ほど前、友人からもらった「日本の七十二侯を楽しむー旧暦のある暮らしー」を読んで、旧暦こそが日本の自然を愛し親しむ心を表しているように思い、旧暦の暦を買ったことがある。そこには二十四節気七十二侯が記載されている。これぞ日本人の心情にあっていると思ったが、旧暦の暦は次第に生活感覚に合わなくなり使うのをやめた。

 新暦と旧暦との季節のヅレの違和感は詩人である長谷川櫂氏の「折々のうた・秋」(童話社)の解説文を読んで解消した。少し要約して引用したい。

飛鳥時代に暦とともに二四節気も中国から伝わった。立秋は今の八月七日ごろ。いちばん暑いさかりである。それなのに、なぜ秋?と当時の日本人は不思議に思ったに違いない。さらに先進文明国の中国人が考えたのだから、何か深いわけがあるのではと思った・・大陸の中国の中心部では夏至を過ぎて八月に入ると大気が冷え、秋の気配がただよう。海に囲まれた日本ではまだまだ暑い。中国と日本では季節にズレがある」。

 「当時の日本人は暑いのに『秋』という理由を探りはじめ、その答えを300年のちの藤原俊行が立秋の日に詠んだ『秋きぬと/目にはさやかに見えねども/風のおとにぞ/おどろかれぬる』に答えを見つけた。・・ある季節が終わらないうちに次の季節を探るという季節への繊細な想像力・・・・この繊細な季節感がその後日本人の生活と文化をどれほど豊かなものにしたか・・・」

 非常に説得力がある。日本人は飛鳥の時代は中国から、 明治維新ではイギリス・フランスから、第二次世界大戦後はアメリカの文化を取り入れ自分のものにしてきた。これぞ日本人の柔軟な感性と「和」の心であると長谷川櫂氏は分析している。

 「和をもって尊し」とする日本人は素晴らしい。いつまでもこの文化が続くことを祈る。

 

 

 

 

2025年大阪万博

 大阪万博に最大の追い風の記事が8月号の英国エコノミストに掲載され、大阪人として驚いた。

 英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」がこのほど発表した「2018年世界で最も住みやすい都市ランキング」で、オーストリアの首都ウィーンが1位となった。前年まで7年連続で首位だったオーストラリアのメルボルンは2位に転落した。そして3位が大阪。東京は7位である。

 世界で住みやすい街3位と急に言われても戸惑う。今まで日本中から「汚い」「ひったくりが多い」「学力テスト最下位更新中」「いじめが多い」「幼児虐待が多い」「生活保護者が全国一」など最低の街との烙印を押されてきた。

 旅行などで「どこからですか」と聞かれたとき「大阪です」と答えると、大半の人が「怖い街なんですてね」といわれることが多い。こちらも「やすきよ」の漫才の真似で「街を歩くときは弾よけにフライパンを持っていますよ」と笑いを取り仲良くなる。

 エコノミストが大阪を選んだ理由の回答は、「住みにくい街のワーストテン」を見れば納得できる。ワーストテンの1位ダマスカス(シリア) 2位ダッカバングラデシュ) 3位ラゴス(ナイジェリア) 4位カラチ(パキスタン) 5位ポートモレスビーパプアニューギニア) 6位ハラレ(ジンバブエ) 7位トリポリリビア) 8位ドゥアラ(カメルーン) 9位アルジェ(アルジェリア)10位 ダカールセネガル)。 全てテロと向き合っている都市である。そこに比べれば、大阪は安全で人情が厚い。物価が安い。

 2017年3月のブルームバーグアメリカの経済調査会社)で「大阪は世界で最も物価が安い都市」と紹介されたことがあった。「大阪は5分、ベネズエラなら9時間-朝食代稼ぐのに必要な労働時間」によると大阪では5分働けば朝食代を稼げると書かれている。朝食はミルク1杯と卵1個、トースト2枚、果物1個を、「スーパー玉出」なら80円で買える。時給1000円なら5分で83円なので、バイトや派遣でも5分で朝食を買える。そして住居費は抑えようと思えば3万円まで圧縮でき、関西では労働賃金が高い。いいとこばかりである。

 万博誘致運動で松井知事はこのこともアピールして欲しい。

スマホ雑感

スマホ雑感

 電車に乗ると向かいに座っている6人の内5人はスマホを覗いている。メールを確認し返事を書いている人、その日のニュースを読んでいる人、ゲームをしている人と色々だが、何か異常な感じがする。スマホを忘れたらパニックになる人も多いと思う。

 当初携帯電話は、文字通り「電話」、通信手段であった。ところが「スマホ」になって、「電話」から「財布」「切符」「新聞」「コンピューター」となった。銀行口座の暗証番号もワンタイムで変化し口座管理の安全性が高まっている。気象警報を知らせてくれる。その機能の発展は人智を超えて広がっていくだろう。

 ラインでの「いじめの問題」や、フェイスブックでの「フェイクニュース(嘘のニュース)」などマイナス面もあるが、30年度版の「情報通信白書」によると、20代から40代では95%から86%が持っている。中高生で80%、小学生でも30%が持っていると報告されている。

 8月の産経新聞の「日曜に書く」(署名記事)に「スマホは『神経寄生生物』か」の記事があった。読まれた方も多いと思うが、要約し引用したい。

 30年ほど前から始まった研究分野に「神経寄生生物学」がある。その研究の中に「水生生物のハリガネムシはコオロギの体内に寄生し、水中で子孫を残すために宿主のコオロギを川や池に飛び込ませ、体内から泳ぎだす。ハリガネムシはコオロギに作用する神経化学物質を作り出し、コオロギの脳に働きかけて操り人形のように動かしていた」「これまで付属物のような存在として扱われてきた寄生生物こそが、実は陰の支配者だったのだ」。「スマホから目を離せなくなった人間はハリガネムシに取り憑かれたコオロギと同じである。カバンやポケットの中に入れたスマホに生活の主導権を奪われている」と論説委員は書いている。

 しかしここまで生活の中に入り込んだスマホを手放せば、情報源を失い生活レベルの低下を覚悟しなければならない。

人間は一度便利なものを知ると手放せない。身近な例では「車」がある。後期高齢者になって運転免許の返上は一大決心がいる。スマホを取り上げられたら如何せん。

 しかしスマホは自動車と違って人身事故を起こすことはない。スマホは脳神経に巣食う寄生生物かもしれないが、ボケ防止にボケるまで使い続けよう。

ボット

「ボット」ってなに。わたしも初めて聞く言葉であった。「ツイッター の機能を使って作られた、機械による自動発言システム。語源はロボットから来ている。特定の時間に自動ツイートするbot、ユーザーのbot 宛の発言にリプライするbot、特定のキーワードに反応するbot 等、様々なbot が存在する」(ネットで検索)

 わたしは書いた文章を「ブログ」に投稿し、写真を「インスタグラム」にアップしている。どちらも閲覧者の「いいね!」の評価が気になる。なかなか「いいね!」をもらえない。文章はとにかく写真は少し自信があるのだが、評価されない。

 前回引用した福田直子氏の「デジタル・ポピュリズム」の中にびっくりするような記載があった。「ツイッターの書き込みのうち、ざっと4分1は『ボット』が書いている。・・・4800万ものアカウントが『ボット』という研究もある」。

 ツイッターフェイスブックで、ボットで「いいね!」を大量につけ、あたかもたくさんの人がその記事に賛同しているように見せかけ、世論操作に使われている。そのボットはネットで売られている。300ドルで「フリーメールアカウントを100個作り、自動ツイートで政府系のウエブサイトやネットショップに10万人の足跡がつけられる」という。あるサイトには「いいね!」1000個あたり10ドルで売っている。

 バングラデシュの首都ダッカで偽「いいね!」を生産している「クリック農場」があるといわれる。この農場では狭く暗い部屋に押し込められた労働者が「いいね!」1000個を一日1ドル賃金で生産している。

 偽「いいね!」が売買されるのは、例えばある歌手のCDにたくさんの「いいね!」がつくと、売上が上がるから偽「いいね!」を買う。この偽「いいね!」は選挙や国民投票にも使われ世論をミスリードする可能性がある。

 二回にわたってドイツ在住のジャーナリスト福田直子氏の「デジタル・ポピュリズム」を読んだ驚きを書いたが、その底流に欧米社会でネットでの世論操作に対する危機感を感じた。特にヒットラーの独裁時代と世論操作によって作り出されるデジタル・ポピュリズムとが重なり合った欧米社会の警戒感が伝わってきた。

 民主主義は倫理がなければ成り立たない。倫理がなくなればポピュリズムになる。