令和のコンビニ

令和のコンビニ

 毎朝近くのコンビニにコーヒーを買いに行き、コンビニを定点観測している。最近気づいたのは年寄りが多いことだ。

 昨日もタクシーを乗りつけて買い物をしている男性の老人を見た。たまたま帰りの方向が一緒であったので見ていると、近くの近隣センターでタクシーを待たせて買い物をしていた。老人がレジの人と話しているのを聞くと大型スーパーに行けば駐車場から遠い。またレジで並ぶのが煩わしい。必要なものだけコンビニで買うとのこと。

 コンビニでは、もちろん日用雑貨や弁当、ビールお茶 ジュース 焼き鳥が買える。その他印鑑証明が取れる。住民票が取れる。25,000分の1地図が印刷できる。コピーが取れる。ポストがある。ATMがある。宅急便を送れる。受け取れる。便所がある。電子マネーが使える。チケットが買える。ただし、シャネルの服やカルチェの時計は買えない。

 現在のコンビニは昔村々や町内にあった「よろず屋」を超えた存在になっている。朝コーヒーを買って雑談している人、昼工事現場の職人さんがお弁当を買いに来ている。タクシードライバーがトイレを借りに来て一服している。子連れのヤングママが子供にお菓子を買っている等々。町のオアシスである。

 コンビニの歴史を勉強した。1927年にアメリテキサス州の氷販売店が一般雑貨を取り扱い始めたのが始まりと言われている。日本では1969年豊中市の「マミー」が最初とか、1971年春日井市の「ココストア」が始まりとか諸説があるが、1973年日本の「ヨーカ堂」がアメリカのサウスランド社とライセンス契約をし、1974年東京江東区で一号店の営業を始めたセブンイレブンが本格的なコンビニ文化の始まりだ。

 「セブンイレブン」の名前の由来は文字通り「朝の7時から夜の11時まで」。「ファミリーマート」は「家族の市場」「ローソン」は「創業者の名前」である。ローソン以外はよくコンビニの形態を表している。

 日経新聞に一般読者の「令和のコンビニに望むこと」があった。その中に「老人のためのスマホ教室」「働く女性のために子供を預かって欲しい」があった。この二つをヒントに考えた。老人が若い店員にスマホの操作を習い、かたや子供の面倒や世話をする。権利意識の強い世の中でも信頼関係を重視する地域社会がコンビニを通じて構築されるかもしれえない。

 経営者側は無人化店舗に意識が行くのは当然だが、地域密着型のコンビニ文化をメセナ(企業の文化・社会貢献)に繋げる発想も必要であると思う。

 

 

 

現代貨幣論

最近安倍内閣や日銀にとって嬉しい貨幣理論がニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授によって発表された。「現代貨幣理論」(MMT)である。

少し引用したい。

「自国通貨を発行する政府は高インフレの懸念がないかぎり財政赤字を心配する必要はない」とする理論である。(ウキペディアより)赤字国債1000兆円を発行する日本にとっては、最高の理論である。ケルトン教授の理論展開の発端に日本の赤字国債があったのではないかとも思われる節もある。

 「自国で通貨が発行でき、国債を自国で消化している限り国は破綻しない」は正に日本に当てはまる。赤字国債社会保障、医療保障を賄うのは問題ないというのは、日本政府や日本銀行にとっては最高の理論である。

 赤字国債は子孫に負債を残す。そのため赤字国債の発行を抑制すべきだというのが一般的な考え方であるが、ケルトン教授は正反対の貨幣理論を展開している。私にはどちらが正しいのか判断がつかない。

 今日本の国民の貯蓄額は約1400兆円、赤字国債の残高は1014兆円である。赤字国債の残高が800兆円になったとき、このままでは日本はアイスランドギリシャのように「破綻国」になるのではないかと少し不安になったことがある。今後毎年50兆円の赤字国債を発行し続けると2025年大阪万博の頃には、国民の個人資産と赤字国債の額が同じになる。

 その時、ハイパーインフレが起こらないのか。ケルトン教授は「高インフレが起こらない限り」と釘を刺してはいるが、混沌としている世界情勢の中で果たして「高インフレ」が起こらない保証はない。私の知っているハイパーインフレ第一次世界大戦後のドイツと1980年代後半のブラジルである。ドイツの場合は教科書での知識であるが、ブラジルの場合は我が家に遊びに来た日系ブラジル人から、そのすざましさを直接聞いた。例えば「ガソリンの値段が午前と午後では変わる」と言っていた。

 もしハイパーインフレが起こると、今の個人財産は一瞬にして紙くずになる。今80歳以上の人は戦後昭和21年の「預金封鎖」と「新円切り替え」を思い出して欲しい。貨幣価値が1000分の1、2000分の1以上になった恐怖は今の人にはわからないことかもしれない。

 ケルトン教授の「現代貨幣論」を丸呑みして政策運営するのは危険である。

 

年俸

 今年の最低賃金が大幅に引き上げられ、大阪での最低賃金が946円になったと報じられた。米中貿易摩擦などで景気が後退局面での引き上げである。最大の要因は「人手不足」である。

 しかし日本の賃金水準は世界第18位で429万円、1位はスイスの1073万円である。アメリカは8位645万円、ドイツは15位で547万円、イタリアは17位で421万円。(2016年度)1980年代にジャパン・イズ・ナンバーワンと言われたあの日本の面影はどこにもない。

 1990年の大学の新卒の給料が18〜19万円で今年の初任給がやっと20万円台になった。30年間も賃金を据え置くのは異常である。その原因はどこにあるのか。

 この間の世界経済情勢を振り返ると、1991年から始まったバブルの崩壊、そして自己資本率8%のBIS規制、1997年の山一證券の倒産、2008年のリーマンショックと企業を取り巻く環境は決して良くなかったが、日本の経営者は「BIS 8%」を錦の御旗に労働賃金を抑えた節がある。

 2015年ぐらいから顕著になった「AI」時代になって優秀な人材が海外に流失し、日本は世界の潮流から取り残され始めた。その危機感がIT関連企業に日本独特の年功序列的な賃金体系を見直させる引き金となった。

 7月7日の日経新聞よるとNECが新入社員でもITに強い人材に年収1000万円、NTTデーターではITのトップクラスには2000〜3000万円、ユニクロは入社3年目で3000万円以上、くら寿司では年収1000万円以上の幹部候補生をと、ITに強い人材確保に乗り出した。

 しかしアメリカのGAFAの年収は桁外れである。例えばフェイスブックの従業員の年収の中央値は約2500万円である。日本の429万円と比べるとため息が出、日本の将来を危惧する。

 この差はGAFAの創業者と日本のサラリーマン社長との器の違いにあると思う。日本でも創業者のユニクロ柳井正社長や、ソフトバンク孫正義社長、楽天三木谷浩史に期待したい。

三万年の絆

3万年の絆

  犬と人間の絆は3万年前に遡ると言われている。最初の出会いは群れから離れた犬が飢えて人間に近づき食料のおこぼれをもらった。人間も番犬としての能力、狩猟犬としての能力に気づきwin-winの関係が出来上がった。時代を経るとともにその絆が徐々に強くなり今のような関係になった。

 今世界で日本犬がブームである。アメリカの歌姫レディー・ガガの愛犬は柴犬だと聞く。ロシアのプーチン大統領は秋田犬「夢」、ソウルオリンピックフィギアスケート金メダリスト、ザギトワ選手の愛犬は秋田犬の「マサル」である。

 「ソロモンの指環」(コンラッドローレンツ著)を読んで、犬には「オオカミ系」と「ジャッカル系」の二種類があることを知った。「オオカミ系」の代表は柴犬であり、「ジャッカル系」の代表はシェパードである。

 オオカミ系の犬の最大の特徴は「主人に忠誠」。「二君に見まみえず」である。その代表は「忠犬ハチ公」であろう。又狩猟犬としても活躍する。忠誠心の厚いオオカミ系の犬は、自分より大きな熊や猪を見つけ逃げ足を止めて主人が仕留める手伝いをする。狩猟がなくなった現在では、飼い主との絆の強さでセラピー犬として人気である。

 ジャッカル系の犬の特徴は主人に固執しないので、飼い主をバトンタッチができることである。鎖を手渡すことで犬は新しい主人にすぐになつく。この習性があるので狩猟犬、警察犬、災害救助犬、麻薬犬、セラピー犬、盲導犬などの分野で活躍できる。

 2015年に麻布大学の研究チームが「人間と犬」の関係で重大な発見をした。人間と犬は目を見つめ合うだけで「オキシトシン」(幸福のホルモン)が増幅し幸せになる正のループ(輪)が出来上がるという。

 しかし犬との絆を求めて犬を飼うには飼い主と犬の寿命の兼ね合いがある。最近私たち82歳の老夫婦が何代目かの柴犬を飼い始めた。犬の平均寿命を15歳と考えると97歳まで頑張らなければならない。人生100年時代まだまだ間に合う。美味しいものを食べ、テレビ体操をし「世相雑感」を書き、ボケないで愛犬の「ヒナ」と100歳まで暮らしたい。

 

高齢者の免許証

高齢者の免許返上

 最近高齢者の交通事故がテレビや新聞で報道されることが多い。しかも通学途上の児童を巻き込み、悲惨なことになっている例も多い。関連して高齢者の運転免許の返納を促す記事も多くなっている。

 なぜ高齢者が運転を続けるのか。高齢になれば足腰が弱り、車がなければ生活圏がぐっと狭まる。これが運転を続ける最大の理由であろう。特に過疎地帯ではその不便さ切実である。路線バスが次々となくなり、近くにサポートしてくれる身内のない老人にとって車は生活をしていく上での必需品である。

 私はアメリカで発達している「ウーバー」のような「ライドシェア」が高齢者の移動手段として最高だと思う。少し復習すると「一般のドライバーが車の必要な人を乗せる」仕組みである。日本でも最近「滴滴」「ジャパンタクシー」が「ウーバー」のノウハウを使って、その分野に進出しだしたが、これには基本的な間違いがあることに気がついた。

 日本の場合、営業で他人を乗せるには国土交通省の認可が必要である。個人がその資格を得るのには大変ハードルが高い。また、タクシー業界の既得権を侵すことになる。

 新しがり屋の私は「ジャパンタクシー」と「滴滴」のアプリをスマホに入れているが使えない。スマホの画面には近くにタクシーの印が出ているが、実際は利用できませんとのメッセージが届く。

 最近その理由がわかった。たまたま「滴滴」と提携している「第一交通」の車に乗った時、タクシードライバースマホで呼んでも捕まらないというと、ドライバー氏曰く「我々高齢ドライバーは操作がわからないから、応答しない」。これが本音であろう。今のタクシードライバーの平均年齢から考えて、現状で「ウーバー」のようなシステムは何かミスマッチがあるようだ。

 潜在利用者はたくさんいるが、肝心の運転提供者が一般人に解放されない限り日本には根付かないと思う。

 しかしそこに商機がある。先ずは過疎地でNPO

が高齢者支援のドライバーを組織し、地方自治体で認可をとる。その実績を積み重ね国土交通省に一般ドライバーがタクシー行為をできるようにはららきかける。さすれば、高齢者の免許証返還への後押しができるであろう。

天使の分け前

サントリーウヰスキー「山崎」が品薄であるといわれて久しい。高校時代の同窓会で、友人がイギリス駐在の息子から「サントリーの『山崎』を出来るだけ集めて送ってくれ。得意先への贈答に使う」とメールが届き、方々に手配していた。ネットでは最高2万円の高値ものもあり驚いたと言っていた。ウヰスキーの本場のイギリスで日本のウヰスキーブームは続いているようだ。

 私はスコットランドシングルモルトのスコッチが好きだ。特に潮のかおりのする「タリスカー」がスコットランドのイメージとあう。少し高いが一年に1本ぐらい何か嬉しいことがあったときに買う。私はシングルモルトは単純でキレがいいいと思っていたが、本場のイギリスでは日本のブレンドウイスキーの良さが評価されだした。世界の品評会でも絶えず最優秀賞を確保している。

 びっくりしたのは、昨年香港のオークションで小売価額100万円の「山崎50年」が3300万円で落札されたという。また南さつま市本坊酒造ウヰスキーマルスモルテージ 3プラス25 28年」が13年に世界最高賞に輝いている。

 日本ウヰスキー人気の秘密はブレンド技術にあるようだ。オークやチェリーなどの木製樽で熟成された原酒を、日本に9人しかいない優れたブレンダーがブレンドすることによって独特の味を出す。これもジャパンクールの一つであろう。日本人の太古の昔から磨き抜かれた嗅覚と味覚が相まっての成果が、世界のウヰスキー愛好家に認められたのは喜ばしいが、我々庶民のウヰスキー愛好家には「山崎」が高嶺の花になり悩ましい。

 ウイスキーを木製樽の中で原酒を熟成させると量が減る。この減った分を「天使の分け前」と呼ぶ。木の味わいと香りを染み込ませる代わりに天使に分け前を払う。これを惜しんでは良い酒はできないといわれる。何か人生に通じる含蓄のある言葉である。

 人間も企業も熟成するには年月がかかる。しかし私のように82歳になっても熟成もせず、体力だけが年相応に衰えていくのも悲しい限りである。

 

 

 

 

スーパーマーケットの原点

 

 産経新聞で「ミニスーパー」の特集を読み、大阪都心の大型スーパーの苦戦を改めて知った。街の商店街をシャッター通りにした「大型スーパー」も今やアマゾンや楽天の通販に消費者を奪われ苦戦している。この傾向はアメリカのウォルマートやフランスのカルフールなども同じである。

 日本の最初のスーパーマーケットは、1958年神戸で産声をあげた中内功氏の「ダイエー」である。1980年代には一世を風靡した。ダイエーのモットーは「価額破壊」であった。「いくらで売ろうともダイエーの勝手、メーカーには文句は言わせない」と「ダイエー花王戦争」「ダイエー・松下戦争」でメーカーに挑戦しどちらも勝っている。1972年三越を抜いて小売業のトップになり、その後、南海ホークスのオーナーとなり、リクルートを傘下に収めた。またローソンも買収している。

 しかし、大型スーパーは徐々に衣料品は「ユニクロ」、家電は「ヨドバシ」「ビッグ」、家具は「ニトリ」等々の専門に特化した低価格メーカーにその地位を奪われた。そして「価額破壊」で消費者に圧倒的に支持された「ダイエー」も2015年「イオン」に吸収された。

 その「イオン」の岡田卓也社長が日経新聞の取材で、大型スーパーの苦悩を語っている。巨大化した組織がAI時代についていけない。その危機を乗り切ろうと社内でいくらハッパをかけても、従来通り「人海戦術」で危機を乗り切ろうとすると嘆き、新しいビジネスモデルの構築の拠点を中国に置くと宣言されている。

 岡田社長の苦悩を端的に表しているのが「ミニスーパー」であろう。今回産経新聞に載った「イオンエクスプレス大阪常葉町店」「KOHYO肥後橋店」「阪急オアシス新町店」「ミニエル西本町店」(ライフ)を見学して感じたのは、各々の親会社の小型版でしかない。アマゾンの無人店舗「Amazon Go」のような未来志向のモデルはない。

 コンビニのフランチャイジーの個人経営者が必死になって改革を求め新しいモデルを模索しているのに対して、大手スーパーの社員の発想力の硬直化を感じた。

 エリート社員の発想の中には、ミニスーパーは初期投資の費用が安い。営業時間が朝7時から午後9時で人材の確保がしやすい。販売単価がスーパー価額でコンビニの正価に対抗できる等々の狙いがあると思うが、この発想こそ岡田社長の求めるものとは違うと思う。そこに岡田社長の苛立ちと焦りを感じる。

 小売業の「省力化」を目指してアメリカで誕生したのがスーパーマーケットである。その原点の「省力化」を念頭に置いて、都心の四店舗に足を運び、岡田社長の悩みを直に感じてください。