2017.6.20紫陽花

2017.6.20 紫陽花

 梅雨の季節は紫陽花の花が美しい。近畿各地に紫陽花で有名な場所がたくさんあるが、あまりにも株数が多すぎて落ち着かない。私は山科の勧修寺の紫陽花と苔、そして石仏の写真を撮るのが好きである。苔庭の各所に配置された紫陽花に心落ち着く。

 紫陽花で有名な俳句を調べた。松尾芭蕉の「紫陽草や帷子時の薄浅黄」は衣替えで夏服に着替える梅雨入りを感じる。

正岡子規の「紫陽花やきのふの誠けふの嘘」は紫陽花の薄緑から薄紫そして赤へと花の色を変えていく「七変化」が無節操に通じることを踏まえて詠まれている。しかし私はその変化していく花に魅力を感じる。

 老境に入ると人生を振り返ることが多くなる。80年の歳月は一色ではない。青春時代はまさしく青二才の青、壮年期は仕事に情熱を注いだ赤、そして今は何色だろうか。

 最近、お茶の水女子大学名誉教授外山滋比古氏の「思考の整理学」(1983年初版)が話題になっている。その冒頭に飛躍するアイディアは、「一晩寝かせたカレーには味に深みが出るように、考え事は一晩寝かすことが必要である」と書かれている。確かに夜、考えに考えて迷路に入ったようなことも、一晩寝て朝起きると啓示を受けたように解決する経験を持たれた方も多いと思う。

 人間も歳をとることによってわかることが多い。いろんなことが頭脳に積み重なり、歳月を経て熟成されて事象がわかってくる。人類は文明の伝承で叡智を得てきた。時には後戻りすることもあるが、人間の一生の何千倍もの知識の積み重ねで確実に進化してきたと思う。

 紫陽花の色の変化も「移り気 不誠実」とは考えないで、変化することによって味わいが増すと考え、梅雨にさく紫陽花の移りゆく色を楽しみたい。2017

2017.6.5 豊かな社会になったか

2017.6.5 豊かな社会になったか

 英「エコノミスト」社から「2050年の技術」が刊行された。NHKの朝の番組で紹介されていたので、取り寄せ読み出した。各分野最高の科学者が各々の分野で「メガテック時代」の30年先を予測している。あまりにも専門的で私の能力ではついていけない。

 一番難しかったのは物理学の章であった。救いはその難解な専門用語にあふれた本文の後に「まとめ」がある。我々素人には物理学や宇宙学がわからなくても、「老化や疾病の問題は、物質の理解・監視・制御によって克服できる」「現代のテクノロジーには、核戦争、生態系の崩壊、そして人工知能戦争という三つの故障モードのリスクがある」とまとめてくれてあるのでなんとはなくわかる。

 その紹介された事例の中から、私にもわかりやすいものを拾い出した。自動車の自動運転化と「ウーバー」(自動車の配車システム)がその相乗効果で、個人での車の使用が90%減少する。自動車産業は大変だ。3Dプリンターを使って住宅を建てる。住宅メーカーの行く末は。材木屋さんは生きる道があるのか。少しSF小説のようだが、人間の脳はコンピューターに接続され、スーパーコンピューターにつながる。図書館にもつながるが、個人情報は全て政府の監視下に入る。個人のプライバシーはなくなる。医療も劇的に変わる。

手術も昔みた「ミクロの決死隊」のように極小のロボットが直接患部に入り手術をする。3Dプリンターで作った臓器で、臓器の取り換えも可能になる。

 メガテックの時代は薔薇色であるが、考えてみればこの素晴らしい技術を利用できるのは誰だろうか。金持だけがその恩恵を享受できるのではないか。20年後には労働者の80%が失業すると言われる。金のない一般大衆には縁のないものになるだろう。

 振り返ってみればコンピューターが普及しだした1990年ごろの大学卒の初任給は20万円ぐらいであったと思う。それからコンピューターが進化し、その当時では考えられない社会になった。その進化のおかげでいろんなサービスを我々は享受しているが、現在の大卒の初任給は30年前と同じである。誰がこの豊かに見える社会の進歩からえた富を取ったのか。

 今世界の0.1%の超富裕層が下位90%と同じだけ富を所有しているといわれている。この傾向は今後ますます加速すると思われる。その富の超一極集中は社会不安を助長し、暴動や革命の起こる土壌が作られつつあるかもしれない。