2017.8.20 劉暁波と周恩来

 中国初めてのノーベル賞受賞者劉暁波氏がなくなり、その遺骨が「散骨」されたと中国政府が発表した。世界のメディアが、なぜ「散骨」されたのかと色々と憶測をしているが、墓を作って埋葬すれば、その墓が「反政府活動の聖地」になることを恐れたというのが一般的な見方である。

 文化大革命以後中国で散骨された、政治家を調べるとまず周恩来胡耀邦、鄧小平がいる。周恩来が散骨した事情を調べると、意外なことがわかった。文化大革命の時、毛沢東体制でナンバーツーの地位にいた周恩来が、自ら自分の先祖の墓を暴いて文化大革命推進の暴徒に忠誠を誓って生き延びたと言われている。

 両者の散骨は正反対の考え方がある。劉暁波氏の場合は共産党政権が反政府運動の拠点になることを恐れて遺族に「散骨」を強要した。周恩来は死後に墓を暴かれることを恐れて自ら散骨を望んだ。中国の恐ろしい文化を感じる。鄧小平は案外日本人が散骨するのと同じく彼独特の美意識を持っていたのかもしれない。

 日本人で戦後散骨した有名人を調べた。沢村貞子石原裕次郎横山やすし立川談志などがいるようだ。理由は石原裕次郎は海が好きだったからだとわかるが、他の人の理由は私にはわからない。

 京都大学名誉教授加藤尚武氏が産経新聞に「死についての思想を考える」を書いていた。哲学の世界では死は「来世」を信じるのと、単なる物体だと考える「集散論」の二つのイメージがあるという。私は生物界全て肉体が滅びれば土に帰ると思っている。「集散論」である。それが合理的であると思っている。しかしこれは少数派かもしれない。

 来世の極楽をこの世に再現しようと藤原頼道が作った宇治の平等院をみると、平安時代の昔から「来世」を信じ「極楽浄土」を求めるのが普通であろう。しかし今何人の人が「極楽浄土」を信じているのだろうか。

 劉暁波氏の散骨から「来世」と「集散論」に行き着き、そして中国文化のすざましさを考えた。高野山に信長と明智光秀そして秀吉、家康のお墓を作る日本人の心の大らかさを改めて感じる出来事である。