ドケチ

ドケチ

 最近の若い人が使うかどうかわからないが、我々後期高齢者が若い時、「ドケチ」という言葉をよく使った記憶がある。「ケチ」といえば「吝嗇」、鼻眼鏡をかけた高利貸しのようなイメージがあるが。「ドケチ」はなんとはなく、ユーモアが感じられる。大阪人の金銭感覚には独特なものがある。

 産経新聞ソニー生命のお金に関する都道府県の意識調査が掲載されていた。「自分は倹約家だと思う」と答えた割合が最も高かったのは大阪府の68%で、全国平均の54%と大きく上回っていた。大阪の家庭では昔から金銭教育が行われていた。「一銭を笑うものは、一銭に泣く」「生き金、死に金」など子供の頃親から聞いた人も多いと思う。

 大阪人の合理的な金銭感覚は、貯蓄額全国一位605万6千円で他府県を大きく上回っていることでもわかる。また「死に金」を使わない。「生き金」を使おうとする姿勢が、新しい商売を生む土壌となっている。

 大阪人の合理性が生んだ商売の際たるものは「ダイエー」であろう。品質の一定のものを大量にしかも安く提供し、主婦の心を掴んだ。東大阪で生まれた「回転寿司」にも大阪人の合理性を感じる。

 商都大阪には流通の先駆けになったものが多い。その中でも「木材市売」の発祥は元和元年1622年、大阪長堀の土佐藩の浜で始まっている。この市売という流通のシステムは、現代でも魚市場、野菜市場、生花市場などの生鮮商品を扱うのに一番適している。世界的に有名な先物取引システムは堂島の米の先物取引を嚆矢とする。

 少し大阪で最初に始まったものを調べた。「映画興行」(南街劇場)「市電」(九条新道花園橋から築港埠頭)豊中で始まった「高校野球」(当時は中等野球)がある。食文化では「板前割烹」も昭和2年、森川栄が大阪西区新町で「浜作」の看板を出したのが始まりである。当時、料理は板場で作り客の前へ運ぶのが一般的であり、客の前で料理するのは斬新的であった。いかに人気があったかは「浜作座楽屋を見せて金をとり」の川柳もある。

 金銭感覚から大阪を考察しているうちに、大阪の経済や文化への先取性を深く感じた。そのDNAを大切に関西復権の足がかりとしたい。次に起爆剤になるのは2025年開催予定の大阪万博であろう。