食パン

食パン

 4月から大阪テレビで「大阪人の新常識 OSAKA LOVER」が月一回放映されている。その第一回の放送の冒頭が「関西圏のパン文化」であった。戦前大阪市内45店舗の直営店に「電気自動車」を使って配達していた「マルキ号製パン」が、堀江に東洋一のパン工場を持っていたと紹介していた。わたしどもが所有している北堀江の商業施設「COR」もその工場跡地である。「COR」を建設した時、地下からパン工場の窯跡のレンガが大量に出てきた。

「マルキのパン」の水谷政次郎氏はそれまで米麹で作っていた日本のパン製造に「イースト菌」を使い、製品の安定供給の道を開いた。「パン業界の恩人」である。関西はパン消費量日本一である。そのパン文化の基礎を作ったのが水谷政次郎氏である。

 食パン消費量は関西地区が全国に群を抜いて多い。総務省の統計によると、一位奈良市、二位神戸市、三位は堺市である。もちろん大阪も多い。これはおそらく水谷氏の「マルキパン」が大正時代から関西人に「パンの味」を教えたからであろう。戦後マルキパンはなくなったが、そこで働いていた職人が独立して街のパン屋さんとなり、関西のパン文化の基盤を作った。

 終戦直後の食糧難の時、ララ物資で最初に「ナンバ粉」(トウモロコシの粉、アメリカでは家畜の餌)が入ってきた。それを街のパン屋さんに持ち込み焼いてもらった記憶がある。この賃加工がパン職人の経営基盤を安定させ、関西のパン製造の技術を向上させたのだと思う。

 最近、食パンが美味しいと話題の店が大阪にある。その食パンはトーストするのではなく、ちぎって食べてくださいという。「もちもち感」が人気の秘密である。関西人はこの「もちもち感」が好きだ。食パンの切り方でも、関西は4枚切り、関東は5枚切りが好まれているという。

 この傾向を分析したものを読んだ。同じ粉物文化でも、関西は「お好み焼き」関東は「おかき」と嗜好が異なる。その差が食パンの厚みの差になっていると分析している。何か説得力がある。

 この食パンの原稿を書いていて、終戦直後の街の様子や食糧事情を思い出している。闇市、買出し、配給など覚えているのは後期高齢者も80歳を過ぎた人だけになった。昭和が過ぎ平成もあと一年。時代の移り変わりを感じる。