こよみ

 11月に入って山々の紅葉も色づき、すこし秋らしい気配を感じる。しかし関西地方、特に京都の紅葉の最盛期は今月末まで待たねばならない。写真撮影には紅葉は絶好の被写体である。写真が趣味の私は特に季節の移り変わりに敏感になっている。

 旧暦では二十四節季の「立秋」は今の八月七日ごろ。真夏の最盛期である。十一月七日が「立冬」であることと考え合わせると、今の日本の季節感とは旧暦は2ヶ月程ずれているように思う。

 5年ほど前、友人からもらった「日本の七十二侯を楽しむー旧暦のある暮らしー」を読んで、旧暦こそが日本の自然を愛し親しむ心を表しているように思い、旧暦の暦を買ったことがある。そこには二十四節気七十二侯が記載されている。これぞ日本人の心情にあっていると思ったが、旧暦の暦は次第に生活感覚に合わなくなり使うのをやめた。

 新暦と旧暦との季節のヅレの違和感は詩人である長谷川櫂氏の「折々のうた・秋」(童話社)の解説文を読んで解消した。少し要約して引用したい。

飛鳥時代に暦とともに二四節気も中国から伝わった。立秋は今の八月七日ごろ。いちばん暑いさかりである。それなのに、なぜ秋?と当時の日本人は不思議に思ったに違いない。さらに先進文明国の中国人が考えたのだから、何か深いわけがあるのではと思った・・大陸の中国の中心部では夏至を過ぎて八月に入ると大気が冷え、秋の気配がただよう。海に囲まれた日本ではまだまだ暑い。中国と日本では季節にズレがある」。

 「当時の日本人は暑いのに『秋』という理由を探りはじめ、その答えを300年のちの藤原俊行が立秋の日に詠んだ『秋きぬと/目にはさやかに見えねども/風のおとにぞ/おどろかれぬる』に答えを見つけた。・・ある季節が終わらないうちに次の季節を探るという季節への繊細な想像力・・・・この繊細な季節感がその後日本人の生活と文化をどれほど豊かなものにしたか・・・」

 非常に説得力がある。日本人は飛鳥の時代は中国から、 明治維新ではイギリス・フランスから、第二次世界大戦後はアメリカの文化を取り入れ自分のものにしてきた。これぞ日本人の柔軟な感性と「和」の心であると長谷川櫂氏は分析している。

 「和をもって尊し」とする日本人は素晴らしい。いつまでもこの文化が続くことを祈る。