縄文人

縄文人

 国立科学博物館が「縄文人の全ゲノム(遺伝情報)を解析し、縄文人が約三万八千前〜一万八千年前に大陸から集団でわかれたとみられることが分かった」と発表した。発見場所は礼文島・船泊遺跡である。

 縄文人は1万六千年前から三千年前まで日本列島に暮らしていたが、徐々に弥生人と交わった。そして現在縄文人から現代人に受け継がれたゲノムの割合は、本州の人は10%北海道のアイヌの人たちでは70%、沖縄の人たちでは30%であるとわかったという。

 遺伝子解析から復元された縄文女性の顔は2001年に公開された顔とは大きく違う。2001年の顔はチンパンジーをモデルにしたのではないかと思われたが、今回復元された顔は今でも見かける中年女性の顔である。今回はDNAの保存状態が極めてよく、30億対の塩基配列全てのゲノムを解読できたそうだ。

 一万五千年前の日本列島に現代人と似た人たちが生活していたと考えると何かロマンを感じる。稲作の弥生時代と違って縄文時代は狩猟・採取生活での平和な時代であった。その闘争を好まない遺伝子が日本人の性格の底流にあるとおもう。日本人はもともと穏やかな民族だ。歴史上に大量虐殺(ホロコースト)がない。あえて探せば信長の比叡山焼き打ちが思い当たるだけである。

 この穏やかな他を許す性格はどこに源があるかと考えた。一神教とは違って、日本人の自然崇拝・自然信仰に起因するようにおもう。一神教では「天地は神が創造し、人間は全て個々に神とつながっている」。それに対して日本人は「山」「川」「岩」「森」などの「自然界」に霊性を感じて帰依している。これは縄文人の心かもしれない。その自然信仰が神道につながり日本の国家形成に影響を与えたことを、「平成」から「令和」と元号が変わる時に執り行われた一連の儀式に私は深く感じた。

 令和になって百舌鳥・古市古墳群世界遺産登録、縄文人ゲノムの完全解明と歴史上の話題が多い。はるか一万年前の縄文時代から天皇制確立までの歴史ロマンを感じる。AIの驚異的な進歩の中で、古代に思いをはせる日々も楽しい。